大判例

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最高裁判所第三小法廷 昭和32年(オ)573号 判決 1960年5月24日

上告人 あかつき印刷株式会社

被上告人 国 外一名

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人神道寛次の上告理由第一点について。

論旨は、原判決には、違憲、理由不備、理由齟齬の違法があると主張する。しかし、原判決の引用する第一審判決は、挙示の証拠によつて、判示事実を認定した上、判示被疑事件と上告会社とは関連性があつたと認めるのが相当であると判示し、また、本件令状を請求するに際し、「捜索又は押収を必要とする正当の理由」があり、また「押収すべき物の存在を認めるに足る状況」もあり、かつそれらを疏明するに足る証拠もあつたものと認めるのを相当とすると判示しているのであつて、右各判示はいずれも正当と認められる。次に、第一審判決によると、本件令状は捜索差押許可状という名義をもつて、捜索と押収とを一通に記載してあること、場所の表示として「渋谷区千駄ケ谷四の七一四アカハタ印刷所(アカツキ印刷株式会社)及びその他附属建物」と記載してあること及び差押えるべき物の表示として「被疑者七名の不法出国に関する文書物件の一切」と記載してある事実が確定されている。しかし、憲法三五条二項は、捜索と押収とについて、各別の許可が記載されていれば足り、これを一通の令状に記載することを妨げない趣旨と解するのが相当であることは、当裁判所の判例(昭和二五年(れ)第八四一号、同二七年三月一九日大法廷判決、刑集六巻三号五〇二頁)とするところである。それ故に、第一審判決が本件令状の請求及び発付が、憲法三五条一項、刑訴法一〇二条二項及び刑訴規則九三条に違反するとする上告人の主張を排斥し、さらにまた本件令状はその要式及び記載においても違法であると判示して、憲法の禁止するいわゆる一般令状であるとの上告人の主張を排斥したのは、いずれも正当であるといわなければならない。結局所論憲法違反の主張は、当裁判所の前記判例に反するから採用できないし、その他の所論も理由がない。論旨はすべて理由がない。

同第二点について。

論旨は原判決には理由齟齬の違法があると主張する。しかし、民訴一八六条にいう「事項」とは訴訟物の意味に解すべきであることは当裁判所の判例(昭和三一年(オ)第七六四号、同三三年七月八日第三小法廷判決、民集一二巻一一号一七四〇頁)とするところであるから、原判決が所論の事実を認定して上告人の本訴請求を排斥したからとて、原判決には当事者の申立てない事項について判決をした違法があるとはいえない。所論は理由がない。

同第三点、同第四点について。

原判決の引用する第一審判決挙示の証拠によれば、第一審判決ならびに原判決の認定事実を認めるに十分であり、また右認定事実にもとづいてなした判断も正当である。所論は憲法一四条、同二一条違反をいうが、その実質は結局原判決の認定した事実及びそれにもとづく判断を独自の見解にもとづいて非難するに帰し、所論違憲の主張はその前提を欠き採るをえない。論旨は理由がない。

よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

(裁判官 高橋潔 島保 河村又介 垂水克己 石坂修一)

上告代理人神道寛次の上告理由

上告人 あかつき印刷株式会社

被上告人 国 外一名

第一点

一、原判決理由は次のとおりである。

当裁判所は原審と同一の理由により控訴人の請求を理由なきものと認めるので、特に「本件令状の執行に当つて、警察官の執つた態度、すなわち執行に当つた警察官の数、出入禁止区域の範囲及び禁止した時間などについては、当時における共産党関係者の一部に実力の行使を以つて公権力の執行を妨害せんと企画した者の屡々あつた公知の事例にかんがみるときは、むしろこの場合やむをえない行動であつたと認める外なく、これを以つて刑事訴訟規則第九十三条または旧警察法第一条に違反する行為と断ずることはできない、また右令状執行の内容については、およそ捜査の段階においては被疑事実に関係ある資料とこれに関係なき資料とを截然と判別することは必らずしも容易でない場合が多いのみならず、被疑事実と比較的関係の薄いと思われる資料であつても、これに対する調査が捜査を受ける者にさしたる不利益を与えるものでないと認められる場合においてはその資料に対して調査をなすも、必らずしもこれを不法不当ということはできないものというべきところ、本件において警察官が控訴人主張の室内ビラ及び機械の構造配置を写真に撮影し、また家屋の間取、坪数を調査録取し或いは労働組合役員名簿の調査をなしたことは、本件被疑事実と深い関係はないと思われるけれども、全く無関係と判断することもできないのみならずかくのごとき調査をなしたることによつて控訴人が格別の不利益を受けたとは考えられない、よつて右執行の内容もまた控訴人主張のような不法行為を構成するものではないといわざるをえない」と附加訂正する外原判決理由の記載をここに引用し、本件控訴はその理由がないのでこれを棄却すべきものと判示した。

二、仍つて原判決が引用した第一審判決理由を併せ精査するに

(1)  本件令状の請求及び発付の正当性について(第一審判決理由中一の(2) 参照)の項において、

「本件令状の請求及び発付が憲法第三十五条第一項刑事訴訟法第百二条及び刑事訴訟規則第九十三条に違反するとの原告の主張は採用しない。」

(2)  本件令状の要式及び記載について(第一審判決理由一の(3) 参照)の項においては憲法第三十五条刑事訴訟法第百七条に違反せず憲法の禁止する一般令状であるとする上告人原告の主張は採用しない。

と判示している。

三、然しながら右判示は

(1)  憲法第三章(第十一条乃至第十四条、第二十一条、第二十九条、第三十一条)憲法第十章(第九十七条乃至第九十九条)について上告人の主張した点については何等審理及び判断をしておらない。(此の点第一審判決事実摘示中における原告の主張を対比されたし)

(2)  憲法第三十五条刑事訴訟法第百二条同第百七条、刑事訴訟規則第九十三条旧警察法第一条の解釈を誤つている。(此の点第一審及び原判決事実摘示中の上告人の主張を対比されたし)

以上原判決は民事訴訟法第三九五条第一項第六号に該当する理由不備若くは理由齟齬の違法があり破棄を免れない。

第二点

一、原判決の引用した第一審判決理由中被告東京都の単独不法行為について(執行の方法について)の項において

「問題は執行に当つた警察官の数(出入禁止の方法)禁止区域の範囲、及び禁止した時間の妥当性にある。前認定の事実によれば右三点に関し多少の行き過ぎが無かつたとは断定し得ないが本件執行は原告会仕等三ケ所が同時に行われたこと被疑事件が共産党に関連したものであり且執行場所が共産党本部と接近して居ること、従来共産党関係に対する公権力の実力行使については実力による妨害を受けた事例が比較的多かつた等の事情を併せ考えれば右の程度は甚しく妥当を欠くものとは云い得ず刑事訴訟規則第九十三条に違反するとする原告の主張は認め難い。

なお、証人倉田藤一、同渡辺武の各証言を綜合すれば、本件執行に当り警視庁当局は令状の呈示及び管理者の立会に於て多少厳格性を欠くうらみがあつたこと、又被疑事実と関係がないと思われる室内周囲のビラ機械の構造配置の撮影や家屋の間取坪数、労働組合役員名簿等の調査をした事実を認めることができる、此等の事実は違法とは云えないまでも妥当を欠く行為であつて甚だ遺憾である。然し乍ら之を以て不当に原告会社の秘密及び名誉が害されたとは認め難く、此の点から判断したとしても原告の主張は採用し難い」

と判示した。

又原判決は此の点につき第一点に掲記した如く附加訂正した。

二、然しながら

(1)  被疑事件が共産党に関連したものであり且執行場所が共産党本部と隣接して居ること。

(2)  従来共産党関係に対する公権力の実力行使については実力による妨害を受けた事例が比較的多かつた等の事情(以上第一審判決理由)。

(3)  当時における共産党関係者の一部に実力行使を以て公権力の執行を妨害せんと企画した者屡々あつた公知の事例にかんがみるときは(原審判決理由)。

等々認定判示しているが、第一審判決の事実摘示並に原判決の事実摘示及当事者双方の訴状答弁書、準備書面等総てについて見るも前記(1) (2) (3) の如き事実は原被双方から何等主張されて居らない、又被告(被上告人)から左様な抗弁もない、行司(審判員)であるべき筈の裁判所の一人相撲の観なきにあらずや。

即ち原判決は当事者の主張せざる事実にもとずいて判決したものである。

此の点原判決は理由齟齬の違法があり破毀を免れない。

第三点

前掲第二点記載の原判決理由(1) (2) (3) の如き抗弁乃至主張が仮りに被上告人より提出された場合においても、原判決は憲法第十四条及同第二十一条に低触する即ち

(1)  上告人が印刷を業とする商事会社であり商法の定むるところに従つて設立され適法に営業していることは被上告人も本件において認めている、上告会社が日本共産党機関紙アカハタの印刷の注文を受けこれを印刷しているという一事を以つて「実力を以て公権力の執行を妨害」する恐れありと判示するのは如何なる具体的理由に基くのであるか、此の点に関する原判決理由は顧みて他を云うに過ぎない。

(2)  日本共産党は公然たる合法政党であり、アカハタは公然たる合法新聞である、アカハタはアカハタ編輯局で編輯し、上告会社は唯単に印刷の注文に応ずるのみで其の原稿や写真銅版其他の資料は印刷を終り次第注文者に返還して居ることは他の一般印刷業者と同様であることは第一審以来主張立証し来つたところである。

従つて昭和二十八年八月ルーマニア国ブカレストにおいて開催された。

「第四回世界青年学生平和友交祭」に日本代表として訴外河崎保外六名が出席した記事に関する印刷資料が三ケ月後の昭和二十八年十一月二十一日当時まで印刷業者の手に存在する筈のないことは出版及印刷業界の常識でありこれこそ顕著な事実であることも第一審以来主張し立証し来つたところである。

以上(1) (2) の事実を無視して本件令状が発せられ前述の如き方法による執行がなされたことは憲法第十四条に違背して上告会社を法の下に不公平に取扱つたものであると共に憲法第二十一条に保障された出版その他表現の自由を侵害したものである。

第四点

(1) 第一審判決は「被疑事件と関係がないと思われる室内周囲のビラ、機械の構造配置の撮影や、家屋の間取坪数、労働組合役員名簿等の調査をした事実を認めることができる、此等の事実は違法とは云えないまでも妥当性を欠く行為であつて甚だ遺憾である、然しながら之を以て不当に原告会社の秘密及び名誉が害されたとは認め難く」と判示し。

原判決理由は「本件において警察官が控訴人主張の室内ビラ及び構造配置等を写真に撮影し、また家屋の間取坪数等を調査録取し、或いは労働組合役員名簿の調査を為したことは、本件被疑事実と深い関係はないと思われるけれども、全く無関係と判断することもできないのみならず、かくの如き調査をなしたことによつて控訴人が格別の不利益を受けたとは考えられない」と判示した。

(2)  仍て原判決の理論を正当なりとして世間一般に適用したならば次の如きことも適法可能となる、即ち今日市井において日常惹起している犯罪事件、例えば殺人、傷害、暴力行為、選挙違反等の被疑者が逃走して居り、その事件の内容や被疑者の写真、経歴、逃走の経路、足取り等々が新聞記事として掲載される、此の場合その記事のニュース源、写真の入手経路、逃走の足取等を捜査する必要ありとして、新聞印刷所(例えば朝日新聞印刷所、毎日新聞印刷所等々)に対し捜査及び押収令状を発しその執行に当り数百名の武装警官を以て印刷所を包囲し印刷所への出入及び周辺公道を長時間に亘つて遮断し印刷所内の一般ビラ、ポスター、印刷機械の構造配置を写真に撮り家屋の間取り坪数や、印刷所々属の労働組合役員名簿を調査する等のことも適法にして正当な捜査行為となるのである。

天下豈に斯くの如き不理屈あらんや、天下豈に斯くの如き民主国家あらんや、然るに上告人あかつき印刷株式会社に対しては昭和二十八年十一月二十一日早朝午前七時半頃から約一時間に亘り交通を遮断して斯くの如き行為が行われたのである。(原判決事実認定参照)

然してその行為は上告会社に対して格別不利益を生じなかつたと判示されているが基本的入権の被害、出版表現の自由への脅威、営業の一時的停止、多数従業員の時間の空費、顧客先への信用の失墜等々は果して不利益でないと判断するのであろうか。

此の点原判決は憲法第十四条及同第二十一条に違背しその解釈適用を誤つた違法があり破毀を免れない。

右陳述する。

以上

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